肾臓癌における遗伝子异常の全体図を解明-肾臓癌に関する最大规模のゲノム解析を実施-

肾臓癌における遗伝子异常の全体図を解明-肾臓癌に関する最大规模のゲノム解析を実施-

2013年6月25日

 小川誠司 医学研究科教授、本間之夫 東京大学医学系研究科(医学部附属病院)教授、宮野悟 同医科学研究所ヒトゲノム解析センター教授、嘉村巧 名古屋大学理学研究科教授、油谷浩幸 東京大学先端科学技術研究センター教授、菅野純夫 同新領域創成科学研究科教授、深山正久 同医学系研究科教授、角田達彦 理化学研究所ゲノム医科学研究センターチームリーダー、佐藤悠佑 東京大学医学系研究科大学院生、吉里哲一 同大学院生、眞田昌 医学研究科助教らのグループは共同研究で、腎臓癌における遺伝子異常の全体図を解明しました。

 本研究成果は、2013年6月24日(米国東部夏時間)に米国科学雑誌「Nature Genetics」電子版にて公開されました。

概要

 淡明细胞型肾细胞癌は肾臓に発生する癌のうちおよそ80%を占める代表的な肾臓癌です。现在のところ、手术による切除以外には完全な治癒を期待できる治疗法がありません。癌が进行し転移を生じた场合には免疫疗法や分子标的薬による治疗が行われますが、その効果は限定的であり、より有効かつ身体への负担が少ない、新たな治疗法の开発が求められています。そのためには、遗伝子変异をはじめとして、癌细胞で后天的に生じているゲノム异常?分子病态を详细に理解する必要があります。

 今回、本研究チームは、东京大学医学部附属病院泌尿器外科(本间教授)との紧密な共同研究によって、同科で长年にわたり集积された100例を超える肾细胞癌症例を対象として、全ゲノムシーケンス解析を含む最先端の遗伝子解析技术を駆使して淡明细胞型肾细胞癌の统合的分子解析を行い、遗伝子异常の全体図を明らかにしました。本解析は、淡明细胞型肾细胞癌について行われたものの中では、これまでで最大规模の统合的解析の一つであり、淡明细胞型肾细胞癌の分子病态の解明に大きな进展をもたらしました。

本研究のポイント

  1. 100例を超す淡明细胞型肾细胞癌における遗伝子変异?ゲノム构造変化?顿狈础メチル化修饰?遗伝子発现変化を网罗的に明らかにした。
  2. 淡明细胞型肾细胞癌がゲノム异常に基づいて复数のサブグループに分类できること
  3. メチル化状态により分类される叁つのサブグループは生命予后を反映する。
  4. 淡明细胞型肾细胞癌における新规変异遗伝子が多数同定された。
  5. VHL异常を有さない症例において痴贬尝と复合体を形成するTCEB1(别濒辞苍驳颈苍颁)に変异が同定された。
  6. TCEB1に変异が生じることにより痴贬尝と复合体が形成できず、VHL异常と同様に贬滨贵タンパクが细胞内に蓄积される。

背景

 淡明细胞型肾细胞癌は肾臓に発生する癌のうちおよそ80%を占める代表的な肾臓癌です。近年は健康诊断で偶然に発见されることも増えていますが、进行するまで自覚症状が出にくいため、転移をきたしてから诊断されることも少なくありません。手术による切除以外には完全な治癒を期待できる治疗法は现在のところなく、転移を生じた场合、治疗に难渋する症例が多いことが大きな问题点とされています。転移例に対しては、インターフェロン等を用いた免疫疗法に加え、近年では分子标的薬による治疗が行われていますが、癌が消失することは稀であり、その効果は限られたものと言えます。淡明细胞型肾细胞癌の治疗成绩を向上させるためには、遗伝子変异をはじめとして、癌细胞で生じているゲノム异常?分子异常を详细に理解し、どのようなゲノム异常?分子异常が癌の発生や进行に関わっているかを検讨する必要があります。そのためには、単一の方法による解析のみでは不十分であり、遗伝子変异の解析だけでなく、多彩なアプローチによる统合的な解析を行う必要があります。

 今回、本研究チームは、东京大学医学部附属病院泌尿器外科(本间教授)で长年にわたり集积された100例を超す淡明细胞型肾细胞癌における遗伝子変异?ゲノム构造変化?顿狈础メチル化修饰?遗伝子発现変化を网罗的に明らかにしました。本解析は、淡明细胞型肾细胞癌について行われたものの中では、これまでで最大规模の统合的解析であり、淡明细胞型肾细胞癌の分子病态の解明に大きな进展をもたらしました。

研究手法?成果

次世代シークエンサーとスーパーコンピュータによる塩基配列の解読

 癌细胞において生じている遗伝子异常は、症例によっても大きく异なるため、淡明细胞型肾细胞癌における遗伝子変异のプロファイルを明らかにするためには、多数の症例を対象として、网罗的にゲノムの塩基配列を解読することが重要です。そこで、东京大学医学部附属病院泌尿器外科(本间教授)で诊断?治疗された患者検体を用いて、14例について30亿塩基対からなるゲノム全体の塩基配列を、106例についてゲノムのうちタンパク质をコードする领域(エクソン)の全塩基配列を解読することにより、淡明细胞型肾细胞癌で生じている遗伝子変异を同定しました。変异の同定には、次世代シークエンサーによる塩基配列情报の収集と、スーパーコンピュータによる高速度のデータ解析を行いました。

 その结果、淡明细胞型肾细胞癌では、1例あたり平均、ゲノム全体では5,100个、エクソン领域では约50个の遗伝子変异が検出されました(図1)。


図1:106例の全エクソン解析において同定され、有意と考えられた遗伝子変异

1例あたり平均50个の変异が観察されるが、その多くは、1例でのみ観察される异常であり、意义は不明である。VHLPBRM1BAP1SETD2を除く遗伝子変异の多くは、今回、新规に肾细胞癌で同定された遗伝子変异であり、新规に同定されたTCEB1変异はVHL遗伝子と排他的に観察される。

淡明细胞型肾细胞癌において新たに発见された遗伝子変异

 癌は遗伝子异常に基づいて発症をしますが、淡明细胞型肾细胞癌では、VHLという遗伝子の异常が极めて高频度に存在することが知られています。VHL遺伝子がコードするVHLタンパクはいくつかのタンパク質(Elongin BやElongin Cなど)と複合体を形成し、HIF(低酸素誘導因子)タンパクの分解を促し、正常細胞ではHIFのタンパク量が調整されています(図2)。VHL遗伝子に异常が生じると贬滨贵が分解されなくなり、蓄积することが発癌に関わると考えられています。今回の研究でも、92%の症例でVHL遗伝子の异常が検出されました。これまで、VHL异常が认められない症例において、どのような遗伝子异常が生じているのか不明でしたが、研究チームはこれらの症例の半数近くでTCEB1という遗伝子に変异が生じていることを、世界で初めて明らかにしました。TCEB1遺伝子はElongin Cをコードしており、VHLとともにHIFの分解に関わっています。興味深いことに、TCEB1(Elongin C)の変异は特定の2か所のアミノ酸に集中していました(図2)。研究チームは、このアミノ酸に変異が生じて他のアミノ酸に置換されると、Elongin CとVHLの結合が阻害され、これによりHIFが分解されず蓄積することを明らかにしました。


図2:TCEB1(Elongin C)の変異

VHL分子との結合に重要な特定のアミノ酸に集中して生じる(左)VHLはElongin BやElongin Cと複合体を形成し、ユビキチン化を介したHIFの分解を促す(中央)TCEB1(Elongin C)に変異が生じると、VHLとの複合体が形成されず、HIFが分解されず、蓄積する(右)。

 その他にも、顿狈础の脱メチル化を调节する働きを持つTET2遗伝子や、酸化ストレス反応に関わる碍贰础笔1/狈搁贵2/颁鲍尝3遺伝子の変異も同定されました。これらの遺伝子変异は、他の癌腫において変異が生じていることが知られていますが、腎癌における変异は、本研究で初めて明らかとなりました。また、PBRM1BAP1SETD2など、クロマチン修饰に関わる遗伝子変异が高频度に検出され、BAP1の変异例は死亡のリスクが高いこと、SETD2の変异例は転移のリスクが高いこともわかりました。これらの遗伝子変异が明らかとなったことで、今后新たな薬剤の开発につながることが期待されます。

淡明细胞型肾细胞癌における最大规模の统合的解析

 本研究では、遗伝子変异の同定だけではなく、染色体数の异常(コピー数异常)、遗伝子の机能の量的な异常(遗伝子発现)およびエピジェネティックな异常(顿狈础のメチル化)についても100例以上の症例を用いて网罗的な解析を行いました(図3)。肾癌において、多数症例を用いて各种の解析を统合的に施行した研究は过去になく、これまでで最大规模の研究であり、非常に意义深いものです。


図3:淡明细胞型肾细胞癌106症例における统合的ゲノム解析

メチル化状态に基づき分类された3グループは、生命予后が大きく异なる。サブグループ(3)では、本解析においては観察期间中、死亡例が観察されておらず予后が极めて良好である。一方サブグループ(1)では、慎重な経过観察ならびに积极的な治疗が検讨される。

ゲノム异常のプロファイルによる肾细胞癌の分类

 各种の解析を同时に行うことにより、遗伝子変异、コピー数异常、遗伝子発现の変化、顿狈础のメチル化の状态には、それぞれ密接な関连があることがわかりました。また、これらのゲノム异常のプロファイルから、淡明细胞型肾细胞癌が复数のサブグループに分类できることが明らかになりました。いくつかのゲノム异常は生命予后や再発などの临床病型と相関をしており、特にメチル状态による分类は予后予测に有用である可能性があります。

波及効果

 本研究では、多数の症例を対象とし、遗伝子変异の同定をはじめとする多彩なアプローチから、淡明细胞型肾细胞で生じているゲノム异常のプロファイリングを详细に解明しました。近年の遗伝子解析技术の进歩に伴い、大规模な遗伝子解析研究が欧米を中心に行われつつありますが、统合的な解析は非常に限られています。本研究は、肾细胞癌においては他に类を见ない大规模な研究であり、その成果が我が国から発信されることは非常に意义深いものです。淡明细胞型肾细胞癌で生じているゲノム异常?分子异常を完全に解明したことにより、この癌に関するあらゆる研究の进展に寄与するものと期待されます。今后の研究により、淡明细胞型肾细胞癌の新たな分类方法や治疗法の开発はもちろん、ゲノム异常に基づいた治疗法や薬剤の选択、すなわちオーダーメイド医疗の実现がより进むことが期待されます。

今后の予定

 本研究は、将来的に淡明细胞型肾细胞癌の诊断?治疗の现场に成果が还元されることによって、さらに有意义なものになります。今回の知见をもとに、临床への応用の実现性を検讨しながら、新しい治疗法の开発を目指すなどの、さらなる研究が必要になります。

本研究は、文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究「システム的統合理解に基づくがんの先端的診断、治療、予防法の開発」(領域代表者:宮野教授、計画研究代表研究者:小川教授)、内閣府/日本学術振興会 最先端研究開発支援プログラム「未解決のがんと心臓病を撲滅する最適医療開発(中心研究者:永井良三 自治医科大学学長)」により行われました。

用语解説

ゲノム

ある生物のもつ全ての遗伝情报、あるいはこれを保持する顿狈础の全塩基配列。タンパク质のアミノ酸配列をコードするコーディング领域とそれ以外のノンコーディング领域に大别される。

エピジェネティック

顿狈础の塩基配列情报の変化を伴わずに遗伝子の発现や细胞の様态が変化する机构。顿狈础のメチル化や脱メチル化による遗伝子発现の制御が代表的

书誌情报

[DOI]

Sato Yusuke, Yoshizato Tetsuichi, Shiraishi Yuichi, Maekawa Shigekatsu, Okuno Yusuke, Kamura Takumi, Shimamura Teppei, Sato-Otsubo Aiko, Nagae Genta, Suzuki Hiromichi, Nagata Yasunobu, Yoshida Kenichi, Kon Ayana, Suzuki Yutaka, Chiba Kenichi, Tanaka Hiroko, Niida Atsushi, Fujimoto Akihiro, Tsunoda Tatsuhiko, Morikawa Teppei, Maeda Daichi, Kume Haruki, Sugano Sumio, Fukayama Masashi, Aburatani Hiroyuki, Sanada Masashi, Miyano Satoru, Homma Yukio, Ogawa Seishi.
Integrated molecular analysis of clear-cell renal cell carcinoma.
Nature Genetics, 2013/06/24/online

 

  • 京都新聞(6月25日 28面)、産経新聞(6月26日 22面)、日本経済新聞(6月25日 42面)および毎日新聞(6月25日夕刊 9面)に掲載されました。