人文科学研究所80周年記念式典 祝辞 (2009年11月5日)

第25代総長 松本 紘

松本総長 京都大学人文科学研究所创立80周年记念式典が挙行されるに当たりまして、京都大学を代表して一言ご挨拶の言叶を申し上げます。

 本日は、何かとお忙しい中、本记念式典に、磯田文部科学省研究振兴局长、羽田东京大学东洋文化研究所长をはじめ、部局长、名誉教授の先生方、そして全国から人文科学研究所にゆかりの研究者の皆様方等、多くの方々のご出席をいただきました。诚にありがとうございます。ご出席いただきました皆様に、厚く御礼申し上げます。

 人文科学研究所は、昭和4年外务省によって创立された东方文化学院京都研究所、昭和9年民间団体として设立されたドイツ文化研究所、および昭和14年当时の京都帝国大学に附置された人文科学研究所の叁つの研究所が、戦后の昭和24年に合併し、京都大学人文科学研究所として発足しました。

 人间で言いますと昭和4年で80歳の「伞寿」、昭和14年で70歳の「古希」、そして昭和24年で60歳の「还暦」ということでありまして、たいへんおめでたい年であります。

 人の人生と同様に80年间というのは决して平坦なものではありません。人文科学研究所の歴史を振り返ってみたいと思います。昭和14年には、日中戦争は、はっきりと长期戦の様相を示し、物资不足と物価腾贵という戦时インフレ现象が人々の生活に重くのしかかり始めていました。しかし他方では汪兆铭政権树立工作が进められており、これによって日中戦争解决の手がかりがつかめはしないかという漠然とした期待が、知识人阶层のなかに広まっていた时でもありました。汪兆铭政権工作を里づけるためにつくられた「东亜新秩序建设」のスローガンが、新たな戦争イデオロギーの主役となり、「东亜协同体论」が论坛をにぎわせていました。京都帝国大学人文科学研究所もこうした状况の产物でありました。人文科学研究所设置への具体的な动きのきっかけとなったのは、この年の1月に开催された荒木贞夫文部大臣と全国6帝大総长との恳谈会でした。席上荒木文相は、日本的学问の展开、东亜新秩序の建设、生产力の拡充などの问题に大学侧の协力を求められました。これを受けて当时の羽田亨総长は、本学に「人文科学に関する総合的研究所设立」を実现しようと计画され、総长出席のもと、法、経、文、农の4学部から选出された委员からなる人文科学研究所计画委员会を発足されました。逐次文科省との折衝の末、予算案が国会において了承され、设置が认められました。98月1日に制定された官制には、「人文科学研究所ハ国家ニ须要ナル东亜ニ関スル人文科学ノ総合研究ヲ掌ル」と规定されております。设立準备の経过からも明らかなように、法、経、文、农の4学部が协力して、学科や讲座の枠にとらわれない総合的见地から、国策遂行に资する研究を行うというのが研究所の基本的建前とされたのでありました。产业経済?社会および教育?文化交渉史などからなる研究体制が整い、法、経、文、农の4学部からの支援を受けながら、教授1名、助教授5名、兼任所员13名で発足しました。

 その后、第二次大戦に败れた日本は连合国军の占领下におかれることとなり、人文科学研究所が存続するためには、国策研究机関としての旧い性格を、日本民主化の方针という新しい事态に适応するよう転换を図らなければならなくなりました。そこで、研究所官制を「人文科学研究所ハ世界文化ニ関スル人文科学ノ総合研究ヲ掌ル」と改め、当时の鸟养利叁郎総长をはじめ、外务省から文部省に移管された东方文化研究所、民间団体の西洋文化研究所との度重なる议论の末、昭和24年4月に、「3所1体」としての体制が整い、日本部、东方部、西洋部の3部制による「世界文化に関する人文科学の総合研究」を目的とする现在の姿での人文科学研究所が新しく発足したのであります。

 このようにして人文科学研究所は、当初よりすでに日本の学界のいわば通弊である専门间のセクショナリズムを打破するための共同研究の意义を提唱しました。设立当初の共同研究の成果としては、学际的研究のひとつの见本となった桑原武夫先生を中心とする「ルソー研究」、中国の古典文学を精密に研究した吉川幸次郎先生の「元曲选釈」、また戦前の中国での现地调査を踏まえた水野清一先生等の「云岗石窟の研究」など、戦后の日本の学界を代表する业绩が次々と生み出されました。また、社会还元の一环として、発足当初から「人文科学讲座」という一般市民向けの公开讲座を开设し、现在は「人文研アカデミー」としてその伝统を引き継いで活动をしておられます。

 昭和40年4月に开设された附属施设としての「东洋学文献センター」(现在の东アジア人文情报学研究センター)においては、东洋学に関する文献、资料の収集?整理を行って、研究者の共同利用に供するとともに、人文学に情报学的な手法を取り入れ、东アジアの史料?言语?文献?目録に関する研究情报をデータベース化し、人文学と情报学を融合させた人文情报学のグローバルな研究拠点の构筑を目标に掲げられています。

 人文科学研究所は、平成22年度から平成27年度までの6年间、世界的视野から复数文化の生成、変动、相互交渉等を研究し、地球社会の调和ある共存に资する学术的知见を提供する「人文学诸领域の复合的共同研究国际拠点」として、文部科学省の共同利用?共同研究拠点の认定を受けました。大学としましても、「京都大学の基本理念」に沿って、本学の教育研究や社会贡献を一层発展させるため、部局が推进される事业に対して、必要な支援を行ってまいりたいと考えております。

 人文科学研究所は今后も、活発な研究活动を展开し、その成果を积极的に社会に还元するとともに、世界に発信することにより、人文科学のグローバルな研究拠点として贡献され、世界の研究者コミュニティを创成する推进力となられることを愿っております。

 最后になりましたが、本日ご临席いただきました文部科学省はじめ関係の皆様の益々のご健胜を心より祈念するとともに、更なるご指导、ご支援を赐りますようお愿い申し上げまして、私の挨拶とさせていただきます。

 ありがとうございました。

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